スターリニスト
ノーベル賞自然科学3賞でスターリニスト中国待望の受賞者・屠??氏(写真)が出た。屠氏は、日本の大村智氏らとともに受賞した中国中医科学院の女性研究者だが、彼女の授賞について、今、スターリニスト中国では、ネガティブな受け止め方が広がっているという。
◎アジア初の女性研究者の授賞だったが
この報を見て、いかにもスターリニスト中国らしい反応だと納得するのである。
屠氏は、前述のようにスターリニスト中国が渇望してやまなかったノーベル賞自然科学3賞の初の授賞者である。しかもアジア初の女性研究者の授賞であり、これは日本でもまだない。
それだけに最初は、官民挙げての大歓迎の声だった。
ところが時間を置くと、そんな雰囲気は消え去り、特に科学界では冷淡な声が広がっているという。
◎特派員のコメント取材に著名大学教授は「話すことは何もない」
朝日新聞10月17日付朝刊に載った北京駐在の古谷特派員のコラムによると、古谷特派員が白血病の研究で有名なハルビン医科大学の張亭棟教授に、屠氏授賞の歓迎コメントを期待して電話したところ、思いもかけないことに「ない」という一言しか返ってこなかったという。
屠氏を祝福し、その業績を称えるどころか、「話すことは何もない」という冷ややかな答え。古谷特派員は、大いにひるむのである。
どうやら張亭棟教授的な冷ややかな声、それどころか罵詈讒謗の類で応えるのが、中国科学界のようらしい。
◎メディアもネガティブな報道
習近平指導部は、国家の威信発揚に屠氏授賞を大々的に利用しようとしたが、腰砕けの状態らしい。
科学界の雰囲気に影響されてかメディアの中にも、屠氏を批判する声が見られるという。マラリア対策の功績の独り占めしたという苦言、果ては彼女の人格の欠陥まで指摘する声など、およそ西側ノーベル賞自然科学3賞の受賞者に与えられる称賛とはほど遠いネガティブなものが踊っているようだ。
◎ベトナム戦争の対北ベトナム支援での国策プロジェクトの一環だった
先ほどの古谷特派員の記事が、その謎解きをしてくれる。
そもそも屠氏の受賞理由であるマラリア治療に有効なアルテミニンの発見は、文化大革命期の国家的な大がかりのプロジェクトの中でなされたものだった。
当時、スターリニスト中国の南で戦われているベトナム戦争で、密林で戦う北ベトナム軍はマラリアの感染に悩まされていた。マラリア対策は、対アメリカとの戦闘に次ぐ第2の戦場と言われるほど深刻だった。
マラリア特効薬の開発どころではない北ベトナムの独裁的指導者ホー・チ・ミンは、毛沢東に助けを求める。その毛沢東のツルの一声で、マラリア大作研究は国家的なプロジェクトになった。
これに、軍と科学界の研究者が大量に動員された。習近平ら中国共産党指導部の宣伝するようなマラリアに苦しむアフリカなど熱帯地方の民衆の救済が目的ではなかったのだ。
その中の下っ端研究員の1人に過ぎない屠氏が、伝統的な中医学の手法でキク科植物の中からアルテミニンを見つけたのだ。
◎「栄誉は集団に帰する」
しかしこの発見の論文は、研究チームの名で発表され、屠氏の名前が記されることはなかった。長らくスターリニスト中国では、アルテミニン発見が屠氏の功績として語られることは全くなかったのだ。
それどころか研究チームのボスは、積極的に抹殺にかかった。その1人は06年の著書で、屠氏の発見の事実は認めつつも、研究の成功は組織の力によるものであり、「栄誉は集団に帰する」と述べたという。
こうした雰囲気の中で、博士号も持たず、海外への留学経験もなく、中国科学院の院士の肩書もない(三無)学界の傍流の屠氏が単独授賞したことは、科学界のジェラシーを刺激し、大いなる不満のタネとなるのに十分だったのだ。